鉄は熱いうちに打て~隣の芝は青い~鉄緑会という塾について知っていること

今週は偶然なのか、鉄緑会に関連して複数の方からお問い合わせをいただきました。私も鉄緑会に通っていた生徒を複数教えたことがあり、また現在も塾生を教えているのですが、思ったこと、感じたことを素直に書き綴ってみようと思います。

 

名前の響きからして強そうだ!

 

鉄緑会。鉄は東大医学部の同窓組織である鉄門会、緑は東大法学部の自治組織である緑会(みどりかい)に由来しています。緑会といえば、卒論の資料を集めていて、日本を代表する政治学者である丸山眞男氏が学生時代に懸賞論文に入選したという記述を何かの資料で見かけたのですが、なぜ東大受験生を対象にした塾の名前が「鉄緑会」なのか、初めて頭の中で繋がり合点がいきました。「中1時に中3を、中2時で高2の途中までを、それぞれ終わらせてしまうマンガみたいな塾に通っていたのですよ、あれだけやればそりゃ東大だって余裕で受かりますわ」と、鉄緑会に途中まで通っていた大学の後輩から聞いていたのですが、そのときは口頭でのやりとりだったので「徹力会」だと勘違いしていたのです。こっちはこっちで語感が無骨ですね。

 

指定校制度によるブランド化

私の生徒で鉄緑会に通っていた子は、みんな中1春の指定校制度を利用して入塾していました。大阪校には指定校推薦制度はなく、全員入塾テストを受けなければならないようですが、東京の代々木校は中学受験を終えたばかりの新中1生が4月から入会する時だけ指定校制度を設けており、彼らは無試験で鉄緑会に入塾できる資格を与えられます。鉄緑会のサイトによると、指定校は現在15校ですが、昔は武蔵や白百合も指定校に入っていたように記憶しています。(開成、桜蔭、筑波大駒場、麻布、海城、駒場東邦、筑波大附属、豊島岡女子、女子学院、雙葉、渋谷教育学園幕張(渋幕)、渋谷教育学園渋谷(渋渋)、早稲田、聖光学院、栄光学園)。もっとも、これらの指定校に通う生徒も、初回を逃すと入塾テストを受けなければなりません。

 

この表の中でも目を見張るのは、学校別在籍生徒数が開成1125人と桜蔭878人です。桜蔭中の1学年は220人~240人なので、6年生まで合計すると1400人くらいでしょうか。猛烈な進度と膨大な課題についていけずに途中で落伍していく子も少なからずいるでしょうから、それを考慮すると中1の4月の時点では2/3が鉄緑会に通塾しているとみてよいでしょう。実際、私も桜蔭の高校生を教えたことがあるのですが、中1の時点ではクラスのほとんどの子が鉄緑会に通っている、通っていない方が少数派だと言っていました。

 

一方、開成は中学時の一学年の人数が300人であることや高入生がいること(約100人増える)を考慮すると、通塾率は桜蔭ほど高くはなさそうです。とはいえ、大雑把に見て開成生の半分は鉄緑会に通っている計算になります。開成の子も数人教えたことがありますが、この学校は教師の自由度が高いのが特徴で、学年が変われば授業で習っている内容が異なっていました。また、将来の大学受験に直結するとは思えないような内容でした。もっとも、それが許され、よしとされる校風なのでしょう。開成生の場合、学校は人間関係を作ったり教養を養ったりする場であって、受験に必要な勉強は学習塾でやればよい、という線引きが明確です。

 

鉄緑生は数学答案の書き方に特徴がある

ある中学生が鉄緑生に通っているかどうかは、数学の答案からある程度判断できます。鉄緑生は中1や中2で習う方程式の計算問題であっても、同値記号⇔がずらっと縦に並ぶのが特徴です。最初にあの記述法を見たとき、私は「ナニコレ?」と正直感じました。また、図形の証明問題は①~⑩まで使うのはザラで、テキストの証明問題によっては⑳や㉕まで使う問題すらあった気がします。彼らが記号や番号が膨れ上がる意味を理解して使っているのであればよいのですが、このような数学の記述法で指導している学習塾は他にあまりないので、「あ、この子は鉄緑生だな」とすぐに分かってしまうことになります。

 

なお、大学受験数学の指導者として高名な安田亨先生は以前、プロの数学者が答案を採点していて同値記号⇔が出てくると「本当に同値なのか?」と職業的な疑いの目を持ってしまうので、結果的にやぶ蛇になってしまう。だから特に必要がない限りは同値記号の多用を控えた方がよいとアドバイスされていました。私もその立場をとっています。

 

鉄緑会は生徒を選ぶ塾である

おそらく鉄緑会の門を叩く中学生や保護者の中には、「みんなが通っているから」「最難関の東大に向けて対策をとっていれば将来的にどの学校にも対応できるから」という受け身の姿勢の方も多いと思います。しかし、指導者の立場から見ても、毎週課される宿題の量は膨大で、これを毎週確実にこなしていかないと、すぐに落ちこぼれになってしまいます。効率重視で最短距離で受験準備を整えるというよりは、莫大な問題演習という物量作戦で6年間を乗り切るという戦略の塾です。東京で指導していたときは、「修学旅行に塾のテキストを持ち込む鉄緑生がいた」とよく聞かされました。塾生の全員がそうだというわけではないでしょうが、十代の学生時代をこれくらい勉強に掛けられる覚悟がないと、なかなか継続は難しいといえるでしょう。

 

入塾試験の範囲がよく分からない

塾が生徒を選ぶという立場は、入塾テストの試験範囲にも現れています。最初の指定校に入っていなければ、入塾するために試験を受けなければならないのですが、なんとその範囲が公開されていないのです。ネットでは試験範囲についてさまざまな情報があふれており、あるサイトでは「内部の塾生が習っているところまで」、別のサイトでは「当該学年の全範囲」などとあり、全く判然としません。また、「当該学年の全範囲」であっても、それが「公立中学の中1の全範囲」なのか「有力私立進学校の標準的なカリキュラムの中1の全範囲」なのかも不明です。

 

たとえば新中1が6月の試験で入塾を希望したとしましょう。鉄緑会の授業は4月から代数の授業が延々と続き、5月の終わりの時点では連立方程式を習います。連立方程式は公立中学では中2で習う範囲ですが、私立の進学校では中1の2学期後半から3学期前半に習います。入塾テスト対策として連立方程式までやる必要があるのかどうかで入塾志望者にとっては大きな違いが出てくるのですが、塾に問い合わせても試験範囲をはっきりとは教えてくれないという声もあるようです。中学受験で親身な指導の学習塾に通っていたご家庭の方は、この塩対応ぶりにきっと面食らうことでしょう。

 

先取りをうまく利用するのがよい

鉄緑会よりも速いカリキュラムで授業を行っている塾や学校は他にない(と思われる)ので、高校2年までの英語と数学の基本的な内容が一巡する高1終わりから高2夏休みまで鉄緑会に通い、そこから先は自分の志望に合わせて進路を選ぶとよいでしょう。つまり鉄緑に通い続けるか(=東大を目指して)、それとも自分にあった塾に変えるかです。特に高2からは東大の入試に特化した内容になるので、東大を目指さない高校生にとっては授業内容や毎週の課題をこなしていくのは苦痛でしかありません。代々木校については場所が新宿駅近くで、通塾の前後には大都会ならではの誘惑が満ちあふれています。そこが保護者にとっても悩みどころですね。

 

ナンバーワンか、オンリーワンか

以前にもブログで書いたことですが、今は大学受験生の半分が推薦入試やAO入試で大学に進学していきます。国立大学ではまだ定員に占める推薦枠の割合が低いままですが、東工大や京大はいち早く女子枠を設けるなど、単純なペーパーテストの点数によらない試験方式を打ち出し始めています。こうした多角的な試験方式の採用の動きは、他の国公立大学にもさらに広がっていくと見ています;

 

以前、プロ野球の新庄剛志選手(現北海道ファタイターズ監督)がイチロー選手と自分を比較して、「ナンバーワンはイチロー君でいい、ぼくはオンリーワンを目指す」といった内容のコメントを残していたように記憶しています。今の時代は教場試験でナンバーワンや好成績を残すことよりも、他の人にはない経験や特技を持っていることの方が人生を通して強みになってきているように感じます。社会の変化が激しくなり、あるときに有効であった統一の評価基準がすぐに役立たずになってしまうからです。推薦入試制度の拡充も、少子化の中で定員を確保したいという大学側の切実な事情もあるのでしょうが、それと同じくらい社会情勢の変化、価値観の多様化も見逃せません。

 

鉄緑会の物量飽和作戦に合わせて十代の時間を過ごしていると、自分がオンリーワンを目指すためのきっかけや時間を犠牲にしてしまっているようにも感じます。例えば鉄緑会のテキストを修学旅行に持ち込む塾生にとって、修学旅行でしか学べない経験は、塾の授業に劣ると考えているわけです。中高6年間を費やして学力ナンバーワンを突き詰めるのも、一つの「オンリーワン」のあり方かもしれませんけどね。

 

中学生や高校生を抱える保護者にとって、お子様の進路を左右する進学塾選びは大変悩ましいところです。今週はたまたま鉄緑会に関連するお問い合わせを何件かいただいたので、私が生徒を通して見てきた「鉄緑会」について、思うまま書き連ねてみました。少しでも参考になれば幸いです。

 

 

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鉄は熱いうちに打て~隣の芝は青い~鉄緑会という塾について知っていること